2020年7月9日木曜日

田舎のお盆

上京してきてすぐの頃の話。
その頃は花屋で働いていた。花屋というのは実は母の日以外にもめちゃくちゃに忙しい時期ってのがいくつかあって、お盆もそのうちのひとつだ。東京のお盆っていうのはわたしの知っている風習とかなり違っていて、ほおずきは仏さまの提灯に見立てられるとか、焙烙っていうお皿の上でなんか燃やして迎え火って呼ぶとかは全部店長に教わって初めて知った。そもそも地元のお盆にはきゅうりの馬もなすの牛もなかったし、なんかどれもこれも「お話の中で読んだお盆」って感じで新鮮だった。
そんなことを常連のマダムと話していたら「そうよね、田舎のお盆って違うのよね」と言われて江戸っ子めちゃくちゃ無意識に傲慢じゃんと思ってウケた。

連日売り物として数を見ているうちに、なんだか自分も東京式のお盆がやってみたくなってひとそろい揃えた。迎え盆当日だからもう売れないし、半額で持っていきな〜と言ってくれた。
身近で亡くなっているのって母方の祖父だけで、地元からここまではかなり距離があるけどまあ同じお盆だしこういうのは気持ちだしいいでしょ、やってみるか、と思った。
祖父は甘い物が大好きで糖尿病も患っていたくらいだったので、帰りにコンビニでいくつかお菓子やスイーツを買って帰った。
玄関で火を使うと怒られそうだから、ガスコンロでおがらという棒みたいなのに火をつけて、小走りでベランダまで持って行って焙烙の上に置いた。
お供え物として一緒にスイーツも置きたかったけど、仏壇とかあるわけないし、ベランダに食べ物を置くのは気が引けたのでローテーブルの上に適当に並べたところで満足して寝た。

朝起きると並べて置いておいたスイーツのうち白玉あんこパフェの中身のあんこの部分がごっそりえぐったみたいになくなっていた。プラのふたはそのままで、中身だけ指でかき出したみたいに消えていた。
祖父の大雑把な性格ならやりかねないかも......と感じてあまり怖くなかった。

そんなことがあった次の週くらいに母から電話があって、お盆はいつ帰ってくるのかと聞かれた。なに言ってるの、お盆はもうとっくに終わったじゃんと答えると、それは東京のお盆だけでこっちはこれからだと呆れたように言われた。
忙しすぎてすっかり頭から抜けてたけど、そういえば全国的には8月がお盆なんだった。
マダムが「田舎のお盆って違うのよね」と言っていたことを思い出す。
そういえばさ、と母に向けて話を続ける。東京式のお盆やってみたらおじいちゃんがきたみたいでさ。あんこのデザートだけなくなってたよ。おじいちゃんほんと甘いものがすきだよね。

「......いや、あんたそれ違うわ。おじいちゃんが好きなのはケーキとかプリンみたいな洋菓子だけで、あんことかおまんじゅうは嫌いで全然食べなかったよ」
そういうことわけもわからずに適当にやるのはやめておきなよ、と叱られて電話が終わった。

今ならなんとなくわかる。
こういう風習を受け取れる幅みたいなのって、生きてるうちも死んでからも変わらない。エクソシストの悪魔祓いにお経が効くわけないみたいに、時期も方法もなにもかもチャンネルの合わないものが祖父のところに届くはずないのだ。
のんきに「おじいちゃんがきたんだなあ」なんてパフェの残りを食べたりしなくて本当によかった。